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2024-10

魔法のピアノ

 ここでレッスンをしていると、生徒さんからよく「このピアノで弾くと家で弾くよりよく弾ける!」と言われることがあります。

反面、家で電子ピアノで練習している生徒さんは、「ここのピアノは弾きにくい!」と言われることがあります。

慣れということはありますが、ここのピアノは自分の家で弾くより、音の響きがよかったり、鍵盤の深さだったり家より弾きやすい

のでしょう。

電子ピアノは鍵盤の上がりが悪いため、連打になると弾きにくいし、音の強弱がつきにくいので、明らかに弾き安いということはないはずで

すが、電子ピアノに慣れている生徒さんにとってはここでのピアノは弾きにくいと思う事もあるんでしょうね。

そう言えば、前に生徒さんから「先生のピアノはコンセントはどこにあるの?」「電気使わないからお金かからなくていいね」等言われたこ

とがあります。え!コンセント?

電化製品ではないから電気代はかからなくても、毎年の調律やメンテナンスは電気代以上かかるよ。

それより「ここで弾くと上手くなる魔法のピアノだよ!」という、自信を持たせる魔法のピアノにしてほしいですね。

思わぬ特技

小学校5年生のT君。

毎回、何度言っても玄関の靴を揃えない、ピアノでも毎回同じ間違いを指摘しても全く直らない。

全てが万事で、ピアノ以外でも何度言っても出来ないのかな?

そんな心配をいつも思いながらレッスンしているある日、待ち時間に「折り紙したい!」と言うので、折り紙を渡すと、なんとT君はとて

も複雑で難しいお花の折り紙を短時間で折っていました。

えっ?!これT君が折ったの?

その綺麗さ、丁寧さ、繊細さにただただ驚くばかり。

折り紙の難しい本を見て、直ぐに理解したり、自分で考えたりして、見事な折り紙を折る。

何をしても同じ注意ばかりされているのに、こんな素晴らしい特技があるなんて…。

T君の折り紙の才能に唖然とし、きっと他にも人より優れた何かがあるのかもしれない…と思いました。

得手不得手は誰にでもありますが、この才能、ピアノでも生かせるといいなぁ。

 

どうすればいいの?

母が亡くなって、今まで置いてあったベッド等がなくなり、レッスンに来た生徒さん達が口々に「お婆ちゃんはどうしたの?」と聞いてきます。

「お婆ちゃんは死んじゃったんだよ。」と話すと子ども達は「えっ?!」と誰もが皆、驚きと戸惑いと悲しみの表情をします。

「人間は皆、いつかは死んじゃうんだよ。先生だって、ずっと生きてないから、死ぬ時は来るんだよ」と話します。

小学1年生のRちゃん、「先生が死んだら、私は誰にピアノを習えばいいの?お姉ちゃんもお兄ちゃんもどうすればいいの?」と大真面目な

顔で心配そうに聞いてきました。

「ピアノの先生はたくさんいるから大丈夫!でもRちゃんが大きくなるまでは、ずっとピアノの先生でいるよ!」と言ったけど、

思わず「可愛い!♡♡」と抱きしめたくなりました。

私の母がそうであるように、「私が死んでもずっと星になって守ってあげるね。」

でも、もう一度母の声が聞きたいし、生徒さんには「先生の声が聞きたい!」と思われるような先生になりたいです。

 

母の逝去

先週27日、ここで同居している母が天寿を全うし、一昨日、告別式が終わりました。

母は施設を嫌がり、家での晩年生活を希望していました。

私はここでレッスンをしているし、毎日多くの人が出入りする中、年老いた母の介護は出来ないと思っていましたが、母の最後の親孝

行をしよう!と同居を決意しました。

部屋のリフォームをしたり、レッスン中は姉達やヘルパーさんの応援をもらい、母もここでの生活を楽しむようになりました。

私は子ども達にはお年寄りを大切にすることを教えたかったし(子ども達にとては曾祖母にあたる?)、母には他人と話す事で楽しみをもってほしかったので、生徒さん達とも会話をしたり、お菓子をもらったり、母は嬉しかったと思います。

今年の異常に暑い夏に体調を崩し、病院に入院しましたが、病院が合わなかったので家で看病しようと母をつれて帰りました。

そのうち食事が取れなくなり、トイレも一人では行けなくなり、高カロリーの飲み物、そして寝たきりの日々となりました。

夜になると昼間と打って変わり苦しみ出し、せん妄も加わり、私も母もほとんど寝られない日が続きました。

私は22日に大人の発表会を控えていて、自分のソロの他に連弾5曲を抱えていたのですが、思うような練習時間の確保が出来ず、

発表会前のレッスンも重なり、かなり厳しい毎日となりました。

今年はソロは辞退しようかとも思いましたが、毎日の練習量は少なくなっても欠かさずピアノを弾き、母のためにソロも弾こう!と決めました。

当日、母はベッドから私を送り出してくれ、発表会は大成功で終えることが出来ました。

それを待っていたかのように、翌日から体調が急変し、3日後に逝ってしまいました。

最期は私は母の手を握り、母は私の胸の中で眠るように逝きました。

母が亡くなってから、レッスンに来る子ども達が「お婆ちゃんは?」と皆口々に聞いてくるのが悲しかったけど、お婆ちゃんは幸せだったと

思います。

母の希望通り、施設でも病院でもなく、最期を家で過ごすことが出来たこと、そして介護を通してたくさんのことを教えてくれた母には感謝

しかありません。

私を産んで育ててくれた母、心から「ありがとう!」

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